チェルノブイリ原発事故25周年祈念
ベラルーシ共和国公演ツアー日記



はじめに。

 北海道でチェルノブイリの子供達を日本に呼び、保養活動をしていらっしゃる『チェルノブイリのかけはし』を1991年設立された、代表の野呂美加様とご縁を頂き、1998年北海道に保養に来ていたチェルノブイリの子供達の前で私達が公演させて頂いたことをきっかけに、子供達からベラルーシにいる家族にも見せてあげたいとの希望を叶える為、1999年、野呂様の多大なるご協力のもと、曼珠沙華初の海外公演でもあるベラルーシ公演が実現致しました。

 その最初の海外公演である、シャガールの出身国、第一回目のベラルーシ公演で バラの打ち掛けを着て踊った事から、シャガールの恋物語を歌った曲『百万本のバラ』に なぞらえて前座長が子供達から『ママローザ』の名前を付けてくれました。

 当初の予定では、今年の4月18日よりチェルノブイリ25周年祈念公演に出発する予定でしたが、3月の東日本大震災により10月まで公演を延期しようと野呂様とお話致しました。
 そしてその間私達は、チェルノブイリ原発と同様に福島原発の甚大なる被害のあった 福島の被災地や避難所の慰問公演を4、5、6、7、8月させて頂き、 10月3日よりチェルノブイリ25周年祈念公演へ行かせて頂きました。
 私達の海外公演の原点であるベラルーシで初心に返るとの意味もある公演でもありました。

 また、今回はいまだかつてない程の少人数でママローザ、夢弥座長、華天女5名、 龍華組4名、着付けスタッフ2名、照明、音響と、わずか15名。そこに加えて毎日のスケジュールが白紙の状態で、明日のスケジュールは前日の夜知らされるという状況の中、初めてのベラルーシ公演を迎える夢弥座長率いる龍華組の若手達は、出発前の晩に心構えと目標を話し合ったそうです。

“自分のことだけでなくお互いを支え合い、誰がどの担当と決めることなく、ひとりひとりが全てに目を配り、躊躇せずどんなことでもすすんで誰よりも動くこと”

 その結果、今回の公演で若手達は代えがたい成果と成長を見せてくれました。

 昨年10月の夢弥座長襲名公演から始めた夢弥座長の立て続け3曲の早着替えは、最終日には10秒程で着替えさせるという早業を見せ、あまりの早さに幕を上げ下ろしする担当の劇場の方は目を真ん丸くして、口をぽかんと開けて見ていました。
 そのチームワークは目を見張るもので、たった何十秒の間に夢弥座長を着替えさせ、見ている方を待たせ白けさせることなく舞台に送り出し、また、夢弥座長が帰ってくる前に自分達の着替えを完了させて、戻った夢弥座長を再び着替えさせる。

 実は今まで当たり前のように用意されていた着付けに必要な鏡が手に入らなかったのです。
 ですが皆、鏡がない中で毎日スピード感をもっての衣装替えの繰り返しが身に付き、鏡など無くても素早く着付けが出来るようになっていました。

 それを見ていた劇団マネージャーは『スケジュールがわからなかったからこそ一日一日を一生懸命、目の前の事に一心不乱に取り組めた、スケジュールがわかっていたら皆、気持ちも体力もセーブしていたと思う』と話していました。

 また夢弥座長は、『人生の中でこんなにも自分を出し切り、今を全力で生きるという事は
他では経験できない、本当に感謝だと思います』と言っていたほど、まさに一日一生、無我夢中、同調協和、その言葉を全団員が、体感体得していました。

①10月3日 成田空港出発、4日 ミンスク空港到着

②10月5日 モギリョフ公演

③10月6日 クロスノポーリエ公演

④10月7日 チェ チェリスク公演

⑤10月8日 ブラーギン公演、ゴメリ公演

⑥10月9日 ワロビッチ公演

⑦10月10日 ブダコシェリョワ公演

⑧10月11日 被災地から首都へ
12日ミンスク国立小児癌センター公演

⑨10月13日 青少年センター公演

⑩10月14日 ミンスク劇場公演

⑪10月15日 ミンスク空港より成田空港へ


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