ベラルーシ共和国公演  1999年3月23日〜4月8日

主催 チェルノブイリへの架け橋

集客人数 1万人

14回公演
   クラスノポーリエ   ポレーシェ村
   ベリャエフカ村    メルクロビチ村
   チェチェルスク市   ロフコビチ村
        ブタ・コシェリョワ市
   ブタ・コシェリョワ市コムナール地区
   ゴメリ市ゴメリ大学  ブラーギン市
     ミンスク市(国立ヤンカ劇場)

 曼珠沙華が公演した場所は、多いところで放射能値7000カウントを記録し、本来なら人が住めないところですが、貧しさのため移住できない人々が住んでいます。トイレも水道もない劇場で、食事は米の炊き出しを行い、連日汚染地を回り公演を届けました。劇場設備、状態が悪いため、開演するまでの準備に一番労力を要しますが、バトンもない劇場に用意した何枚もの幕を仕込み、桜の枝を飾り付けます。通路も歩けないほどの大勢の観客からの声援で反対に元気を頂きます。全国に公演のテレビ放映があり、最終公演で首都にたどり着いたときは、町でも多くの方々から声をかけていただくほど市民の皆様に親しみを持っていただきました。

  保養里親運動
 1999年の公演時に座長が人々に約束した事から毎年、ベラルーシ共和国の汚染地の子供たちを1ヶ月保養で引き取り、これまでに77人の子供を招待しています。8000キロも離れた日本に来て、一週間で6キロも太る子供たちは毎日の暮らしの中で国境を越えて家族になっていきます。